沖縄国際大学・琉球芸能文学研究会の「双葉踊り」公演を観た。
実は愚生の愛弟子の伊藤幸太が(現大哲会会長)国際大学で琉球芸能文化研究会の
3期生として活躍しているころ、初めて「双葉踊り」の発表会を観てから
約20年振りになるのかな?その幸太くんから今回、招待券をいただき会場に足を運んだ。
ですから随分久しぶりに若者達の芸能を鑑賞する。
あれから、どういう風に変わったのか?心を躍らせながら若干遅れて会場に入った
ので、一部の最後の演目「貫花」四つ竹踊りから観ることできなかったが、
二部はたっぷりフィナーレまで楽しむことできました。
顧問の田場裕規先生が挨拶の中で「双葉」という名は、芽吹きの象徴です。
柔らかな若葉が風に揺れながらも大地に根を下ろし、空へと伸びいく姿
それは、いま舞台に立つ学生たちの姿と重なります。
・・・どうぞ、若き双葉の躍動を、温かくお見守りください。
と丁寧に述べておられました。
確かに仰る通り若い学生達が躍ったり歌ったりするのでエネルギッシュで
躍動感あふれる芸能パフォーマンスは当然のように若者の特権であり、かてて加えればハツラツとした
歌踊が生命線なのである。
それは20年前と変りはなく「躍動感」溢れる「双葉踊り」の伝統は連綿と引き継がれていました。
それにしても踊も歌(地謡)笛・太鼓、箏も凄く若者達のレベルが上がっていることは確かでした。
「学生芸能」(学業を生業としながら芸能に磨きを掛け完成させる精神)と
位置づけ、学業と芸能を両立させるのは大変なご苦労があったと思います。
個々のシュクブン(役割)を果たし、歌う喜び、躍る喜びを共同体の学生部活を通して
存分に在学期間中楽しんでいただきたいですね。
「双葉」と言えば・・・・
愚生が中学校の頃から八重山民謡を祖父から教わり我流で勉強中に
当時は学生でうた・三線できる仲間は殆ど居ない状態で
幸い実家隣の竹馬の友、東嵩西美寬(現在県無形文化財八重山古典民謡指定保持者)
と一緒に彼の家で嗜んでいたころ、看板を立てようと立てた
看板名が「双葉うた会」でした。
また70年代、故郷・新川村の「双葉村」を歌った(知名定男 作曲、大見謝恒信 作詞)で
「双葉村音頭」のレコードシングル盤をリリースしております。
殆ど世間では知られてない歌ですが
「双葉」の響きは懐かしいです。
話しが逸れましたが・・・
「双葉踊り」の公演、おつかれさんでした。
これからも沖縄国際大学・琉球芸能文学研究会の益々のご活躍も
期待しております。
尚、「双葉踊り」公演の模様を詳しくルポされた掲載された「大哲会ブログ」を
ご参照ください。
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