島唄ブログdiary

喜寿祝

 

11月22日付け
八重山毎日新聞に「喜寿の様子が掲載されました。

お陰様で愚生も喜寿を迎えることができました。

先日(21日)愚生の同期生会が呼び掛けて「喜寿祝をしよう!」と企画案内したところ

アートホテル石垣には200名の同期生が全国から集いました。

還暦の御祝い以来に集う同期生は変わり果てたのもいれば、万年青年のように

若々しいの者からさまざまでしたが、コロナ禍を挟んで同期生が亡くなったのは(200名が故人となっている)合掌

元々沖縄には「喜寿祝」と言う節目の祝はないが、73祝いの次ぎは祝85歳(生り歳祝)である。

それまでは皆生きしているか分らない?これまで待てない。ということで口実にして

パーティーを実施した次第である。

予想よりはるかに超えた集まりであった。

 

座開き(オープニング)は同期生で「鷲ぬ鳥節」を演奏(歌・三線)し女子達が艶やかに踊ってくれました。

(中には八重山舞踊の先生も数名)ひきつづき「鶴亀節」「目出度節」で斉唱し嘉利(カリー)を付けた。

余興はオカリーナー演奏、空手演舞披露、動揺唱歌合唱。米盛茂保の白保節・真謝節独唱。愚生の独唱で

会場を盛り上げました。

空手道場も運営している
新崎の空手型披露は迫力があった。

 

久しぶりの再会なので、名札をみて本人を確認しないと分らない同期が多かったね。

それくらい多くは変り果てているのが多かった。

愚生も人のこと言えませんが・・・

 

愚生も最後に「とぅばらーま」を独唱後は「六調節」で全員乱舞でした。

喜寿祝の二次会は行き着けの店で親しいメンバーでカンパーイ!!

いつも愚生が行くと
西表から取り寄せたという大好きな「カマイ」(イノシシ)を食わせてくれるから好きなお店である。ママいつもありがとう!!

取り組みとして記念植樹や横断幕の設置など

本当にお疲れさんでした。

次回は85歳のヨイ(祝)も健康元気でお会いしましょう。