島唄ブログdiary

宮城信博さんを偲ぶコンサート

石垣真秀さんの
浪々とした歌声で
「船路」「えんどうの花」宮良長包作品を歌う。

先週8日は石垣から那覇に着くとそのまま曙にある

ライブセンタービブロス堂で「宮城礼子先生を囲む会」

~宮城信博さんを偲ぶ会~に

参加するという強行スケジュールでした。

礼子さんは故宮城信博さん(昨年8月他界)の妻、

妻の礼子さんはピアノ音楽教室を永年開設され音楽活動をする傍ら

八重山料理「譚亭」も切り盛りされておりました。

その音楽教室のお弟子さん達が中心になり「礼子先生を囲む会」コンサートと

同時に夫の信博さんを偲ぶ会を企画し親しい関係者(40名程度)を招いて

コーヒーをすすりながら、すばらしい歌声に酔いしれながら音楽会を

愉しんでおりました。

愚生は信博兄とは同郷(新川出身)のよしみもありますが

那覇首里在でも隣近所だったので兄弟のように親しくさせていただいておりました。

また親父の信勇先生(石垣方言辞典の著者)長男の信行(NHKディレクター)、

三男の信範(同級生)とは家族つきあいしていたので次男の信博兄にも大変

お世話になっておりました。

残念ながら五名の男兄弟内、四男を残して全員他界されております。合掌

 

偲ぶ会のプログラム

 

さて、2022年の生前信博さんが作詞した「観音堂」という歌詞が出来上がったときに「てっちゃん(愚生のこと)曲を付けてくれないかー?」と連絡があり。

小学校の低学年の遠足は観音堂が定番であった。他の遊び場としても

みんなで歩きながら一の橋、二の橋、三の橋と10の橋まで行くと

ようやく観音堂に着いたものでした。野道を歩きながら白百合、トッピン、野いちごを

摘みながら歩いた幼少の頃の風景を見事に表現した信博さんの歌詞だったので

即曲が出来上がりCDにして持っていくと、大変喜んでくれた。

また奧さんの礼子さんも「楽しいねー」と誉めてくれてた。

今回の「偲ぶ会」では是非、夫の作詞した「観音堂」を歌ってくれないか?

と頼まれ「観音堂」を紹介させていただきました。

なんとピアノの伴奏は有名なピアニストである武田光史(こうじ)先生が

サポートしてくれました。

すごく歌いやすかったです。

武田先生、本当にありがとうございました。

生前元気だったころの
信博先輩

他に誰よりも八重山を愛した信博さんを偲ぶ「でんさ節」に

歌詞を替えて歌い信博兄を偲んだ・・・・

♪数ある歌や我が島ぬ でんさ節ゆいじり

信博さんゆ 偲でぃ歌ざばすきゆとーりデンサ

♪信博さんや人勝り 世間ぬ事ん良ーしーおった

アンパルぬ事ん 命限りギバリおーったデンサ

・・・後詞は割愛させていただきます。

(観音堂)はいつか機会があればライブなどで

信博兄を歌供養しながら歌ってみたいと思います。

これまでありがとうございました。

富崎にある
観音堂

ありし日の信博先輩

ありし日の信博先輩