島唄ブログdiary

悲しい知らせ。

今朝、訃報が飛び込んできました!!

宮古島民謡の第一人者であった国吉源次さん(1930年6月10日~91歳)が

4日午後3時23分、前立腺がんのため沖縄県南風原町内の病院で死去しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

69年から故山里勇吉師匠の同門弟として寝食を共にし

宮古民謡・八重山民謡の将来を一緒に仕事しながら真意に語って

くれたのは僕にとっては兄貴分のような存在でした。

そして二人とも活動が芽生えたのは故竹中労が仕掛けプロデュースした74年の

大阪フェスティバルホール・東京の日比谷野音・京都・名古屋他「琉球フェスティバル」で

沖縄の民謡音楽が初めて本土の大きな舞台で紹介されるころから宮古民謡は国吉、

若手八重山民謡は大工と称され

いつも同じ舞台で歌えたことは大きな経験と財産になりました。

 

 

 

 

 

 

此処数年、宮古民謡を世間に広めたのは

国吉源次さんがこれまで真摯に頑張ってきた

功績と言っても過言ではないと思います。

心から国吉源次兄(あざ)のご冥福をお祈りしております。(合掌)

 

追伸:去った一月に逝った大城美佐子さん

源次兄といい沖縄の巨星が鬼籍の人となった。

もう上を見ても民謡界の先輩達がもう誰もいない

悲しくもあり、寂しい限りです。

琉球フェスティバルのオリジナルメンバーがとうとう知名定男と愚生二人になった。

あの世で「琉球フェスティバルIN後生」が開催できるかも知れませんね?!

告別式は7日午後4時、浦添市勢理客3の11の2、

フェニックスホール玉泉院。喪主は妻・義子(よしこ)さん。