2016「ア」の国祭り、粟国島祭りで初めて島を訪れたときに
平成14年、中江裕司監督の映画「ナビーの恋」粟国島が舞台となったロケ地の実家を見てみにいきました。
10年前まではまだ原型をとどめていて、
石門の左側には見事に咲いたピンク色のブーゲンビリアが
屋敷を包むように咲いていたのがとても印象的でした。
この家がずっと保存継承できることを願っておりました。
さて、先週(3日)観光大使引き継ぎ式で粟国島にお邪魔したときに
再び、10年振りに映画「ナビーの恋」の家を訪れることにした。
すると目を疑いたくなくような、見るに堪えない
完全に廃墟となって四隅の柱しか立っていない無残な姿になっていた。
家主も県外で管理が行き届いて無く屋敷内も草ボウボウ(生え放題)
ブーゲンビリアも跡型も無くなっていた。
赤瓦も軋めき、柱も腐りかけていて、もったいないなー?
どうにかして欲しいなー。という異口同音の声が、10年前から囁かれていた。
折角、人気を博した「ナビーの恋」のロケ地・粟国の名所になれる筈なのに、
残念でなりません。
10年前から予想され心配していたことが現実となっていた。
新観光大使の宮沢さんも嘆いていた。「どうにかできないかなー?」
本当だよね、これじゃ旧盆を前にウヤファーフジ(ご先祖様)も
ナビーも後生で嘆いていることだとおもいます。
エピソードとして・・・
小さな島の粟国島を舞台にした「ナビーの恋」に実は愚生も
当初、監督から出演のオファーがあり出演する予定であった。
しかし当時はまだ役場職員の現役で一ヶ月もロケ地で拘束される厳しい
日程だったので断わざるを得ませんでした。
愚生の代わり師匠の山里勇吉先生に出演をお願いした経緯があったことは、
あまり知れられていないでしょう?
タイトルもそうだ。最初のタイトルは監督から見せられた台本は「おばぁーの恋」でしたが。
それよりかは「ナビー」がインパクトありますよーと愚生は妻の渾名も「ナビーだから」と
冗談まじりに提案したのが、そのまま「ナビーの恋」というタイトルになった。
出演された重鎮らは殆ど鬼籍の人となってしまった。
そう言うナビーの恋との縁もあってか、ロケ家は気になっておりました。
でも、ナビーの恋は形が無くなろうと、映画を観たウマンチュ(御万人)の心の中に
しっかりと生きております。
シーブン(追伸)
三年間、地元で愚生の観光大使のサポートをしていただいた
写真の与那のり子さんと、又健一さん
ご意見版としていろいろ粟国のことを教えて貰いました。
本当にお世話になりました。
ありがとうございました!!
引き継ぎ式の後、お土産を沢山
![]()









