島唄ブログdiary

四大会と愛郷愛土

石垣島出身者に石を投げたら大浜と宮良、石垣名に当ると言われるぐらい

多い姓名である。

「山葵」のランチ

 

それを表すかのように親しくお付き合いしている同期生に三名大浜姓が居る。

一人目の大浜は元NHKの名ディレクター。もう一人は元沖縄テレビのディレクター。

もう一人の大浜進さんは元県庁職員でキャリアの持ち主。

その三大浜に大工の名字「大」を冠に付けて「四大会」四名がランチを口実に集い

フリーユンタクをしようというコンセプトで爺ジィーが集うようになって

二回目のランチ会となった。

四大会+太田
左から聡、太田、正彦、進さん。

二回目にちょうど石垣から6月27日(土)八重山舞踊勤王流の故森田吉子偲ぶ会に

解説者として同級生の太田静男(最近の刊行した著書は・八重山の1945年)が那覇に

来ていたので「翌日4大会があるよ」誘ったら、約束通りに来てくれました。

それにしても太田の姓も「大」が付くので、その日は特別に「五大会」となった。

大濱聡も自分のフェースブックにも「四大会」のこと投稿されております。

 

大濱聡さんの
フェースブック

八重山農林の同級生会、於居酒屋「守礼」にて

八重山農林高校卒の
同期生。於(沖縄居酒屋、守礼

 

ーーー同日(28日)夜は八重山農林高等学校の27期生が月の最終日曜日

集まりモアイをしている会に愚生は飛び入りでお邪魔した。

みんなとは10年余ブリの再会である。

北石垣島(昔は裏石垣)に開拓移民団として入植された当時の

苦労話を聞くたびに胸が打たれます。

日々の暮らしも大変な時代、親御さんたちはよく高校に進学させてくれたね。

親を尽力をたたえる、そんな苦労話は後世に伝えたい。

卒業しても、こうして元気でお会いできる事、当たり前だが

生きている証拠である。

去った6月の28日(昼)は中学が同期の「四大会」、

夜は「八重山農林の同級生会モアイと

故郷を共通に持つ同期会とは至福な時間でした。

 

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