八重山舞踊勤王流の四代目・県指定無形文化財「八重山伝統舞踊」の
保持者であった故森田子の偲ぶ会が去った27日(土)県立博物館・美術館講堂でありました
先生は約50年前に石垣から沖縄本島へ移住し、八重山舞踊の普及と交信の始動に他だな貢献をしました。
その師匠の元で育った弟子達(代表・喜舎場慶子)が呼び掛けて故森田子師匠の偲ぶ会を開催の
したという公演でした。
森田先生とは生前、先生の主宰する「八重山伝統舞踊」の地謡したり
厚い交流をさせていただいておりました。
今回会場にはお客さんとして足を運こばせて頂きました。
会場に着くと当然のようにお知り合いの八重山舞踊関係者、郷友会のみなさんが
ぎっしりと枡席を埋めておられました。
公演は八重山舞踊にも造詣の深い、崎山律子さん。
歌の解説も易しく丁寧に説明してくれて素晴らしく進行を務めてくれました。
赤馬節(幕明け)、
夜雨節、
対談(大田静男・崎山律子)
鷲ぬ鳥節
鳩間節
高那節
上原ぬ島節
・・・高那節を踊り手の勤王流祥吉千代の会の
皆さんの出演は石垣からの出演。だが台風7号の影響で飛行機が欠航になり
残念ながら舞踊なしで地謡のみの高那節を披露しました
するとお客様は殆ど八重山出身ということもあるでしょう
会場のみなさんが皆ザンザブロウを口ずさみ第合唱になった。
また、対談の途中マイクの電池が切れてマイクが使用不能
しかし、崎山律子さんは「生で喋ります」と公演の流れを止めてはナラヌ
すばらしいプロフェッショナルの配慮の御陰と言える。
そしてフィナーレーは八重山の定番曲「弥勒節やーらーよー」で
幕を閉じた。
スタッフ・出演者のみなさん、お疲れさんでした。
きっと後生の森田子先生も喜んでいることでしょう。
・・・・大田静男氏は対談で謎めいた八重山舞踊勤王流の誕生の由来
歴史を熱く語っておられました。崎山律子は八重山舞踊の今後の展望
沖縄舞踊との絡み、二人とも貴重なトーク。時間が限られていた為、残念でしたが、
次の機会にということになった。
「拙島唄ブログ」でも、機会を見て詳しく勤王流の変遷を投稿したいと思います。
今回は偲ぶ会公演の報告までということで御許しください。
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