「総会」の投稿が続きますが、御許しの程を・・・
令和8年度在沖宮良郷友会「新年会・総会及び生年者・成人者合同祝賀会」の
招待を受け、去った11日から石垣島での撮影ロケがあり昨夜最終便で帰ってきて
若干疲れ気味でしたが妻苗子のふるさと宮良郷友会、また日頃お世話になっている
宮良出身の集いは愚生も大好きなので会場である沖縄産業支援センター大ホールに車を走らせた。
会場に入ると「総会」が始っており、若干遅刻しての会場入りであった。
「令和7年度の事業報告及び決算報告」何処でもある定番な総会が粛々と進んでおりました。
ただ気になるのが・・・
近年、郷友会を継承継続していく難しさ、今後どうするか?
「会員参加者の減少」伴い「若者が参加しない」悩みもあったりして
執行部から実行委員会方式や広告を集めて会員には負担を掛けないようにするなど
様々な案が出されたが、在沖の宮良郷友会は来年60周年記念を控えているだけに
米寿の生れ年を迎えた先輩達からは「自分が生きている間 会はつづけてくれ!」
訴えた後、会場からは大きな拍手が起きた。
実際に数年前から全国の各地の沖縄県人会、郷友会も昔と違って若者達の入会者が減少
それを補うのに県外人(ナイチャー)でも沖縄ファンであったら入会できると会則も変わり
継続し活動をされている県人会も愚生が知る限りでも数知れない。
愚生が思うに最大の理由の1つに、昔の渡航は殆ど船で一旦島を離れると、次なる帰省は
中々難しい、それとも帰れないかも知らない、不安もあり、その間 苦労から癒やしを求め
余所島で郷友が集い、アイデンティティー求め
昔話しや苦労話しに花を咲かせ、方言が飛び交い、懐かしむ雰囲気が郷友会が共有の「場」の目的のひとつであった
沖縄の県人会や各島々の郷友会、これからどんな方向に向かって行くのだろうか?
追伸
愚生も余興の最後に飛び入りで島ムニでご挨拶をして苗子と「サニシャ」(愚生の自作)を歌い
苗子に一曲踊を披露し会場を盛り上げました。
宮良郷友会のみなさま、役員のみなさま
本当にお疲れさんでした。
来年の60周年記念会も参加します。
ミハイユー!(宮良ムニ・言葉)
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