島唄ブログdiary

訃報

今朝、新聞から三隅治雄先生の訃報を知り衝撃を覚えております。

組踊の国重要無形文化財指定に向けた調査に尽力するなど

沖縄の伝統芸能の継承、発展に貢献し、国立劇場おきなわの運営財団理事を

務めた三隅治雄先生。

2日の午前5時13分に老衰の為お亡くなりになりました。98歳(沖縄タイムス記事から)

先生とは最後にお会いしたのは2022年に沖縄が本土復帰して50年という節目で開催された

「第37回国民文化祭・第22回全国障害者芸術・文化祭」が沖縄市民会館で開幕されました。

我が「県民謡合同連合会」も出演。先生は「沖縄開催には必ず行く!」と言う事で

当時96歳というご高齢にもかかわらず、一人で東京から会場にお越しいただきステージで主催者あいさつを元気でされ矍鑠(かくしゃく)とした先生には姿にはみんなビックリされておりました。

同時に沖縄への思いは格別なモノを感じました。

一人で東京から会場入り、そのままステージに立ってご挨拶。凄い!

出演の合間は楽屋で郷里の先輩・伊良皆高吉さんも一緒に沖縄音楽総覧で八重山民謡を録音したときの

逸話話しを聞かせて貰いました。。貴重なエピソードでした。

愚生が言うまでもなく先生は1960年初期に「沖縄音楽総覧上・下巻」レコード収録曲

リハーサル時に先生を囲んで大工夫婦でパチリ

約700曲余り、沖縄の古典音楽、組踊、沖縄民謡(各離島も含む)

宮古古謡、八重山古謡(祭祀のうた・民謡)を収録した時には録音機材約1トン近くの

重量を車と車が入らない所は担いで各島々を廻って録音したと言う「沖縄音楽総覧」全集レコードセット

(今はレコードからCDに替わりクリアな音で販売されております。)

 

 

 

神谷幸一、徳原清文、金城恵子と大工哲弘、同世代が録ったCD「唄綵」のライナーノーツも三隅治雄先生が書いてくれました。

復帰10周年記念で(1982)我如古より子、海勢頭 豊、と愚生が東京の国立劇場で「沖縄のうた今」と題して初めて民謡ジャンルが国立劇場のステージで紹介されました。その公演の帰りレコードを録ろうと急遽決まり、その監修も三隅治雄さんがやってくれました。

壮大で尚且つ至宝なる記録の歌はこれからも貴重な沖縄の歌の音源となることでしょう!

70年後半は宮城流・宮城みのる師匠が主宰した「沖縄歌舞団」のプロデュースや舞台監督もされ

愚生も憚リながら県内外、地謡で大先生らとご一緒させて貰った事もありました

懐かしい!!思い出です。

いずれにしても沖縄の伝統芸能を県内外に広めた功績は大きなものがあります。

日本の国宝級であった三隅治雄先生が亡くなられました。

謹んで心からご冥福をお祈りいたします。(合掌)

 

 

 

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