島唄ブログdiary

二人の朋

愚生の弟子で豊中支部で指導している北林直樹支部長は数年前までは毎年1月の此の時期に

個人面授を実行していたのですが、22年~23年のコロナ禍もあって、それ以降は

途切れてしまった北林との個人面授が(7年振り)に24日、再開しました。

稽古の曲は、今年の干支の午年を歌った「赤馬節」から歌い出し「越城節」「たらくじ節」「下原節」「高那節」

「やぐじゃーま」「とぅばらーま」他・・・

一音、一声、一節、歌うごとに、北林との合唱は久しぶりとは思わせないほど、

気持よく一緒に歌いました。

また、本人も勉強されていたという証拠の表れでしょう。

以前と違い低音もきっちり歌っておりました。

あっという間に稽古の2時間が経ちました。

 

もう一人の友は茨城の下館で沖縄居酒屋「ガナハン」を経営している我那覇哲久さん(30年前

茨城沖縄県人会会長の時からお付き合い)が自分の店(ガナハン)のお客さん30名を引き連れてコンベンションでの

「杜の賑わい」JTBのツアーに乗っかり公演をお客一行と一緒に鑑賞、里帰り兼ねて

愚生との再会が24日夕方から5年振りに実現しました。

我那覇さんと

以前はゴルフもご一緒にプレーしたのですが

久しぶりに会うと我那覇さん(若干70歳)身体の思うように動かなくなり

ゴルフプレーは止めているという。豪快な彼のプレーが見られないかと思うと

寂しかぎりです。それにしてもお互いもう歳だね?( ^o^)

逆に我那覇さんの奧さんの清子さんは以前よりパワーが

付いていたみたいで、終始一人で喋っておりましたな( ^o^)

店主の石嶺和也のステージ「三線の曲弾き」

北林くんが飛び入りで
二曲歌ってくれました。
太鼓は苗子

茨城「ガナハン」のお客さまも一緒に浦添にある民謡ライブの店(石嶺和也が切り盛りする)

「たぬき」で一緒に北林の稽古の打上げに同席して石嶺の三線ライブ、カチャーシーを

しみました。

カチャーシー

カチャーシー乱舞

我那覇は地名の「茨城県=いばらき」居住地、

北林は大阪府の(茨木=いばらぎ?)出身地、

呼び方が、いばら「き」「ぎ」であると教えてもらったが、どっちがどっちか?

忘れが早く、もう判らなくなってしまいました。(..;)

これぞ愚生の前途は「いばらの道だな?」

「友遠方より来る また楽しからずや」

店主の石嶺和也くんもおつかれさんでした。

ヒージャ(山羊刺身)ご馳走になりました。

ありがとうございました

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