琉球フェスティバル2025は昨日23日は
2つの歓喜で湧いた一日となりました。
午前中は第107回夏の甲子園大会で沖縄尚学の健児達が優勝したことで沸き
午後からは日比谷野外音楽堂で開催された「琉球フェスティバル」の沖縄音楽で大盛り上がり歓喜に湧いた一日となりました。
今回の大工のステージは大城朝夫(太鼓)、笛の伴奏には板橋真希、琴の伴奏には司会のゴリに今回も弄られた大工苗子
後半の3曲は愛弟子の伊藤幸太くんと共演し盛り上げました。
それにしても戦後80年の節目年に激戦地であった沖縄の高校野球が全国制覇するというのも
何か因縁を感じる優勝でした。なにはともあれ沖縄尚学、優勝おめでとうございます。
さて、琉球フェスティバル会場の日比谷野外音楽堂も74年竹中労さんが主催されてから第一回琉球フェスティバルを開催してきた
歴史ある音楽イベントの会場も今年の10月を持って休止、老朽化を理由に取り壊しが行なわれるというので
日比谷野音は長い歴史に幕を閉じることになります。
取り壊し後は施設の再整備後はどのような新しい施設に
生まれ変わるのか、希望と、不安があるが
期待を持ちたい。
よって日比谷でのフェスティバルはファイナルとなるので
リハを終え、本番まで日比谷公園内を見納めようと散策していると「大工さーん」と呼ばれたので足を止めると
フェスティバルを見に来てくれたお客さんで、壁島さんという方から、
自分で信州の檜を材にした三板(サンバ)を作ったので大工さんにプレゼントします。とサンバを頂きました。
壁島さんの職業は?と聴くと「大工さん」だと言う。職業の大工さんが大工さんにサンバをくれた。
作り話のようなホントウの話である。そのことをステージで話したら大勢の会場で本人立ち上がり、喜びを
表してくれました。愚生のステージでは「六調節」に壁島さんから頂いたサンバを苗子が打ち鳴らし
リズムを取ってくれました。壁島さんありがとうございました。
74’初回から出演された琉球フェスティバルのメンバーは今はもう知名定男と愚生・大工二人になってしまった。
本当に寂しい限りである。
今回はその変遷と竹中労さんのエピソードなどを宮沢和史と知名定男が対談し語ってくれた。
天気にも恵まれ会場は熱気ムンムンと最後まで大盛り上がりでした。
もう1つ、みんなが喜んでくれたのは大工がきっちり持ち時間(20分)内で出来たことに
舞台監督はじめスタッフも誉めていただいた。
時間厳守、これは普通当たり前のことだが、大工はいつもタイムオーバーする常習犯。
「やれば出来る!」という教訓を改めて勉強させられました( ^o^)
その反省の弁を打上げのシメの挨拶で話すと大盛り上がりました。
これからは、時間内の演奏曲の選曲が求められます。ハイ!!
会場に起こし頂いた沖縄音楽ファンのみなさま、本当にありがとうございました。
大哲会からは杉並支部のみなさん、荒川支部のみなさんからも差し入れ沢山いただきました。
愛知県からもワザワザ永山愛樹、根木さん、竹舞さんらも来ていただきました。
何よりも前回から主催していただいている文化放送、ぴぁの方々には熱く御礼申しあげたいと思います。
来年も開催されること心から願っております。
猛暑はつづいているか・・・
なんか?「琉球フェスティバル」と「高校野球・夏の甲子園」が終わったので、
夏が終わったという錯覚を起す。
暦の上では8月23日、まだ「処暑」
明日からまた九月のイベントに向けてギバロウ(頑張ろう!!)