風伝

梅雨時期に咲く「イジュ」の花

風味、風雅、風流、風格、南風

「風」という言葉の合成語には何か上品な響きがある。

なかでも風景という言葉には、ほれぼれするほど
心のゆとりや静けさを感じさせるものがある。

「風」という言葉の響き、偉そうに凡人の愚生が解いてみると

凡の中に虫と書いて風と呼ばせる自然の洞察力は見事である。

虫を含む動物の生きざまを支えるのが風であり、
音やにおいを伝え、風が吹くとその後は雨がやってくる。

風と水とは一対で、沖縄では風水(フンスイ)元々中国から伝わってきたもので地形や水流にもとづくもので方位説が太古の昔にできあがっていた。ひょっとすると生態学を虫や動物たちは数千年も前に先取りして人様に知らせていたのに違いない。

自然予測した諺で生活に取り入れ、歌に乗せ労働を意欲をあげてきた八重山の民の風習の諺を紹介しよう。

1,蝸牛(ツダミ)ぬ上かい向い 蓋閉(ふ)ずっかー

日旱(ぴぃでぃり)
(カタツムリが上に向かって蓋を閉じると旱天の兆しである)
2,蛇(ハブ)ぬ 夕方頃 出でー歩く時 

  明日(あっつぁー)雨
(ハブが夕暮れ時出て歩くと其の翌日は雨)
3,ハルマヤー蟹(ツノメカン)ぬ穴から

  出(ん)でっかー ユドゥン(梅雨期)は去(た)ちった。
(ツノメ蟹が海浜で穴を開き始めると、梅雨の季節は
もう過ぎ去った)

4,鷹ぬ渡りぬ低(ひ)くさーるっかー冬や寒(ぴぃ)しゃーん
(サシバの渡りが中空以下を飛翔して渡る時はこの年の
冬は寒さがきびしい)
ーーーあげれば枚挙に暇がない

八重山の昔人たちが自然と動物観照力で予測力を身に

つけていたかが分かる俚諺である。

現代は最新技術のお陰で瞬時に天気予測はアメダスで

情報が集められて便利になってはいるが、風流ではない。

コロナ禍で長らくヤーグマイ(家籠り)していたせいか、

外に出ると梅雨休みの陽春の南風がなんとも心地いい。

虫のように敏感にはなれないが、

せめて後の半年は世果報・弥勒世の

予測の風を伝えたいのだが――。