豊年祭

石垣島の四ヶ字(しかあざ:登野城、大川・石垣・新川村)では豊年祭のことを「プーリゥ」と称しユーニンガイ(世願い)をする祭祀です。
「プーリゥ」の語源はプーノーリゥ(穂が実る)がプーリゥに転訛したという。
稲の収穫が7月の初旬ころに終りますと、ちょうどそのころ旧暦6月の良き日を二日間(各島々村々異なる)選んで豊年祭が行われます。
東方海上の遙か彼方には「ニライカナイ」があり、つねに神はその楽土より島を見守ってくださるという信仰土壌にさまざまな土俗が育ちました。豊年祭もその一つです。ニライカナイの神を招き、今年の五穀豊作の実りへの感謝と来る年の豊穣を祈り、オンプールと村プールの神事を二日間に渡り厳かに行われます。

友人の東嵩西美寛が自分で植え収穫した五穀(稲、麦、稗、粟、芋)をプレゼントして貰った。「八重山民謡の教材にしてくれ」ってありがたい。大事に使わせて貰っています。

 

御嶽(オン)プールは純粋なる祭祀ですが、二日目の村プールはお嶽に精魂を込めて作った各村の旗頭をうちたて人々がお嶽にあい集い、各村々自慢の豊年の芸能をさわやかに奉納し五穀の受け渡し、大綱を挽きあい、ツナヌミン(東西大将同士の戦い)、そして夕陽が西の彼方に押し沈むまで豊年祭りを楽しむという石垣島最大の伝統行事なのです。

伝統的な新川村の旗頭。

毎年この時期になると肝ワサワサー(心がワクワク)する豊年祭のシーズンである。夏祭りは元気で生きている心炎なる証の行事。島を離れ長年経っても豊年祭りは島人のアイディンティディーを確認する意味でも大事な伝統行事だと思う。

今年は四ヶ字のプーリゥは25日、26日に当たる。