匂いと風を思う

桜坂劇場で4/16(火)まで21:50上映しております。

匂いは風にのって奔放し動まわる。

強固な管理社会、無菌社会ではじゃまものあつかいされがちである
一昔は様々なにおいが町中満ちていた。

都会でも秋になれば路地裏でサンマのにおいが漂い、

ゴミの排せつ物、小便や人々の汗のにおいまでも濃密に大気中に流れ出ていた。

また街を離れると下肥のにおいにみずみずしい綠のにおいが混じりあい

文字通り田舎の匂いがした。それが今では、都会も地方もほとんど無臭状態である。

「近代は都会を脱臭化した」と思う程だ。
愚生も最近は孫達に嫌われないようにサウナで脱臭生活を生々しく努めている
一方で、マツタケに人工の香りをつけたりトイレに芳香剤を下げたりスプレーしたりして、

あつかいやすく匂いは身の回りに変化を遂げている。

先月、津軽三味線と共に彷徨い、盲目の高橋竹山がボサマ(角付け)しながら

苦難な世を渡った「カマリ」(匂い)の映画を観ました。
津軽の匂いが湧き出るような三味線の音とうたを追求しながら生涯をおくった

初代高橋竹山の素晴らしいドキュメンタリー映画でした。
竹山先生はMC一言しゃべっても、三味線一音つま弾いただけでも

津軽の匂いを風にのせ伝えてくれる。

そう言えば、偶生のうた・三線は果たして竹山先生のように自分の古里の

土地の匂「カザ=八重山ムニ(方言)」を奔放されているだろうか?

技巧に走るのではなしに「匂いと風」大切な魂を

改めて教えてもらったようだった。