二人の国宝が逝く!

左が照喜名長一先生。
2015年国立劇場で「至高の芸」第23回三線公演で共演したとき。中央は人間国宝の西江先生と

写真供養させてください。
琉球芸能初の人間国宝(琉球古典音楽)で琉球古典音楽安富祖流弦聲会名誉会長の照喜名長一さんが10日午後0時41分に病気のため那覇市の自宅で死去した。90歳。本日(17日)葬儀がサンレー那覇北紫雲閣で執り行なわれ多くの参列者が故朝一さんを偲ぼうと
列をなしておりました。愚生も生前はお世話になっておりましたので参列し手を合わせてきました。

照喜名さんは1932年、知念村’(現南城市)に生まれ、幼少のころから三線に親しみ、25歳の時に古典音楽を安富祖流師範・宮里晴行氏に師事、86年に国指定重要無形文化財(組踊)(総合認定)保持者に認定。2000年には故島袋正雄さんと共に沖縄の芸能部門で初の重要無形文化財(琉球古典音楽)各個認定、保持者(人間国宝)に認定されていた(琉球新報転載)

競演された顔ぶれ
左から伊波貞子、大城美佐子、知名定男、
故照喜名長一、西江喜春、大工、徳原清文

中城にあるレストランで照喜名長一先生と知名定男と愚生3名でランチ、朝一先生にご馳走になりました。パワーと健康の秘訣は80歳過ぎても毎日ウォーキングとしっかり食事をすること。と話しておりました。

貴重な写真になりました。

また照喜名さんの二日後(13日)に死去されました国指定の重要無形文化財「芭蕉布」保持者(人間国宝)で永年大宜見村喜如嘉の芭蕉布の継承・発展に尽力を尽くされた平良敏子さんの告別式も16日大宜見村の火葬場で執り行なわれたそうです。沖縄の伝統文化に多大な功績をのこされた人間国宝の二人の死去には失ったものものは大きい。
謹んで、心からご冥福をお祈りしております。 合掌