島唄ブログdiary

八重山の巨星が逝く

吉川英治賞を受賞されたときに家で家族と祝った時の写真

「石垣島方言辞典」「八重山ことわざ辞典」など刊行し八重山方言研究家として東恩納寛惇賞や吉川英治文化賞、八重山毎日文化受賞し八重山文化に多大な功績を残した宮城信勇(みやぎしんゆう)先生は16日百歳で天寿を全うされました。

1973年には沖縄が日本復帰を記念して国体が開催された際に愛称を公募で当選し「若夏国体」の名付け親でもある。そのネーミングは作家の大城立裕先生も大変褒めておられました。同郷(石垣市新川)の大先輩というよしみで先生を講師に招き愚生が呼びかけ「八重山方言教室」を開講し3年間お世話になりました。

また個人的には二水会という八重山先輩関係者のみで構成された模合の仲間に入れてもらい10年間たいへん勉強させていただきました。先生が好きな八重山民謡は「月ぬ美しゃ」でした。「沖縄ん八重山ん照らしょうり」この世を満面に照らしてくれる月、このフレーズが先生の苦労から這い上がってきた人生と世界平和の思いが伝わってくる。

方言文化研究にご尽力された先生の告別日が偶然にも9月18(しまくとぅば制定の日)に告別式になるとはあまりにも偶然を感じます。偶然と言えば信勇先生の母宮城文(みやぎふみ・八重山生活誌)の著書(伊波普猷賞)の誕生日11月28日が信勇先生と同じ、また母親と同じ百歳まで長生きされたことも同じで偶然重なったというより天命が尽きるなのでしょうか。

宮城信勇先生のご冥福を心からお祈りいたします。合掌